2009年12月03日

しんちゃん「続編」に賛否 「国民的キャラ」復活できるか

 
作者亡き後の「クレヨンしんちゃん」のキャラクターを使った漫画が、2010年夏にも新たに始まる予定であることが分かった。双葉社の「月刊まんがタウ
ン」編集部が、その意向を明らかにした。一部で報じられた「続編」になるかは未定だが、別の作者になる可能性もあるため、ネット上では賛否両論が出てい
る。



 「クレヨンしんちゃん」ファンには衝撃のニュースが2009年12月1日、一部スポーツ紙から飛び出した。



■「新しい作家」の起用を検討?



 作者の臼井儀人さん(51)が登山中に滑落死したため、月刊まんがタウンにおけるオリジナルの連載は、2010年2月5日発売の3月号で幕を閉じる。ところが、同年夏にも、しんちゃんの「続編」が始まる方向だというのだ。



 スポーツ紙の記事によると、同誌では、「新しい作家の起用など」を検討したり、「別の作家や(臼井さんの)工房による新連載」を準備したりしている。臼
井さんの遺族と、連載を継続する方向で話し合っているとも報じられた。これらは、09年11月30日に東京都内で行われた臼井さんの思い出を語る会で出た
情報だった。



 「続編」に対し、ネット上の反応は、2つに分かれている。



 「あのセンスは他人には無理」「それはもう違う漫画だろ」といった批判から、「いいんじゃないの」「双葉社だって命懸かってんだよ」といった理解の声まである。これらは、2ちゃんねるの書き込みだ。



 ミクシィの「クレヨンしんちゃん」コミュニティでは、「続編」についてのトピックが立てられ、活発な意見交換が続いている。



 コミュニティのアンケートには、メンバー100人余から回答があり、「嬉しい。臼井さんじゃなくても是非続きを読みたい」「嫌だ。臼井さんのしんちゃんじゃないと読みたくない」がほぼ半々だった。ファンも複雑な心境のようだ。



■「国民的なキャラを何とか続けていきたい」



 ほかの国民的人気漫画は、作者が亡くなった後、どうしているのか。例えば、あの「サザエさん」だ。



 長谷川町子美術館の担当者によると、原作の4コマ漫画における続編は一切ないという。



  「先生は、最初から最後まで、弟子やスタッフが1人もいませんでした。ですから、続編は考えられないんです。アニメなども、原作をもとに脚本を書いてもらっていますよ」



 「クレヨンしんちゃん」は、臼井さんの妻や娘2人などが漫画工房のアシスタントをしているとされる。とすると、「続編」がもし本当なら、家族らが漫画を手がけるのか。あるいは、別の新しい作者になるのか。



 この点について、「月刊まんがタウン」の鈴木健介編集長は次のように説明する。



  「『続編』の形になるかは、分かりません。それを含めて検討しており、作者を誰にするかなども決まっていません。今後、しんちゃんのキャラクターを
使った漫画を掲載したいということです。それは、キャラクターが国民的人気を得ており、臼井先生が作ったこのキャラを何とか続けていきたいからです」



 まんがタウンの編集部などには、読者から様々な反応が寄せられている。「続編」にネガティブな声もあるが、「続けて下さい」という応援の方が多いという。



  「(臼井さんの)ご家族と相談しながら、読者の皆さまに納得していただけるような形を検討しています」



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091202-00000005-jct-ent


いくら国民的日記アニメだとしても、なぜ続ける必要があるのか疑問ですね





posted by hoss at 05:32 | Comment(1) | TrackBack(0) | 芸能

2009年11月22日

三遊亭円楽さん「お別れの会」に350人参列 楽太郎、6代目円楽「一生背負う」と涙の別れ

 先月29日に肺がんで死去した落語家の五代目・三遊亭円楽さんの「お別れの会」が21日、都内ホテルで営まれ、350人が参列した。来年3月に6代目・三遊亭円楽を襲名する三遊亭楽太郎が最後のあいさつを務め「背負うものが大きくて……」と頬をつたう涙をぬぐいながら「一生懸命背負っていきます。円楽一門、芸道を精進してもがいていきます!」と決意を口にし、別れを偲んだ。

桂歌丸ら笑点メンバーもかけつけた

 涙を抑えられない楽太郎は「師匠が円楽をやるって言ってくれて、“財産”をもらった。これから私、何をするんだろうと思う」と自問自答しながら円楽さんの遺影に語りかける一幕も。また「私の中には私が死ぬまで円楽さんがいます。今、おいでの方の中にもいろんな円楽がいると思います。噺家1人1人をかわいがってください」と落語界の更なる発展を願いつつ、「6代目を継がせていただきます。一生懸命背負っていきます」と語気を強めた。

 「お別れの会」には笑福亭鶴瓶らをはじめ、桂歌丸、林家こん平、三遊亭小遊三ら『笑点』(日本テレビ系)のメンバーが一堂に会し、それぞれ思い出話に花を咲かせたていた。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091120-00000022-oric-ent


本当に残念ですね
posted by hoss at 06:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能

2009年11月20日

フジお正月の顔『新春かくし芸大会』が放送47年で有終の美

 
 日本のお正月番組の“顔”としてすっかり定着した『新春かくし芸大会』(フジテレビ系)がフジテレビ開局50周年の節目となる2010年の元旦をもって 47年の長き歴史に幕を閉じることが19日、同局より発表された。フジテレビ開局50周年記念番組『新春かくし芸大会FOREVER」として、総集編を約 3時間にわたって放送。栄光の歴史をVTRで振り返ると共に“ミスターかくし芸”の異名を持つタレント・堺正章、その背中を追い続けた中山秀征、恵俊彰がひとつになり集大成となる大技演目に挑戦する。


 『新春かくし芸大会』は、1964年に第一回目の放送が開始。人気タレントたちが2組に分かれ、得意の“かくし芸”を披露し勝敗を競う。初回放送以来、季節番組としては最長寿を誇り、『NHK紅白歌合戦』と並ぶ年末年始の名物番組として広く親しまれてきた。放送開始当初は、歌手が漫才や三味線、曲芸などを披露するまさに“かくし芸”といった雰囲気でお正月ムードをかもし出していたが、年々かくし芸への期待が高まり、豪華さや難易度がアップ。芸をやり遂げた出演者が見せる感無量の涙は、番組の名物となっており、1980年の48.6%を最高に、毎年高視聴率をはじき出してきた。映画やドラマのパロディー、英語劇、中国語劇なども上演され、現在のバラエティーの“原点”といっても過言ではない。

 番組お馴染みの企画としては、「英語圏」「中国語圏」などの話題の映画、ドラマをパロディ化した作品が多くの視聴者を楽しませてきた。また故・ハナ肇さんが銅像に扮して後輩タレントから水を頭からかけられるというコントも恒例化していた。同番組の宮道治朗プロデューサーは「かくし芸の歴史はまさにテレビの歴史。今回は惜しげもなく、その膨大な映像史を視聴者の皆さんにご披露し、キラキラした日本のエンターテインメントの素晴らしさを改めて一緒に共有できたらと思います」と語る。

 2010年の目玉としては、難易度の高い個人芸を披露してきた番組の象徴である“ミスターかくし芸”堺正章が中山秀征、恵俊彰と共に集大成的な芸を披露する。宮道プロデューサーも「これまでの47年の集大成となる記念すべき新たな演目にチャレンジします。どうぞご期待ください!」と自信を覗かせていた。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091119-00000026-oric-ent



そういえば昔は毎年楽しみにしていましたが、何年か見てないなぁ!





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posted by hoss at 09:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能

2009年10月31日

円楽さん『よぅ、あの世にいくよ』 言葉失う「笑点」メンバー

 
「江戸っ子らしい亡くなり方。『よぅ、あの世にいくよ』。そんな感じで…」

 弟子の好楽さん(63)は、そう振り返った。円楽さんは25日に急に体調を崩したという。

  信念の人、だった。テレビやラジオで人気者になったが、師匠に「芸が荒れた」と注意されると番組をすべて降板。5年間、高座に集中して芸を磨いた。

 真打ち制度のあり方に異議を唱え、師匠とともに落語協会を脱退。その後の一門会を率いた。一門会が約40人の大所帯になったのは、信望を集めたゆえだ。

 脳梗塞(こうそく)で倒れたのは平成17年。長く司会を務めていたテレビ番組「笑点」の司会を勇退した。高座復帰を目指して19年2月、国立名人会に臨み、十八番の古典「芝浜」を演じたが、「だめだった。恥はさらせない」と引退宣言。弟子や後輩たちを静かに見守る道を選んだ。

 30日、福岡市中央区のホールで初日を迎えた「博多天神落語まつり」では、円楽の襲名が決まっている三遊亭楽太郎さん(59)ら「笑点」メンバー6人が気丈に高座をつとめた。

 開演にあたり、観客に「腹の底から笑って、明日のエネルギーにしてください。命がけの高座を楽しみに」と語りかけた楽太郎さん。「(ショックで)何も話すことができない」と報道陣の取材を断った。

 楽屋では三遊亭小遊三さん(62)が、ぼそりと「信じられない、としか言えません。落語界にいてくれないと困る人なのに」。

 一方、「笑点」の司会を継いだ桂歌丸さん(73)は、横浜市内の自宅で取材に応じた。「落語以外は器用にできない人。その不器用さが『笑点』を面白くした」と語り、「まだまだ教わりたいことがたくさんあった。これからの落語を考えていたのに…」と惜しんだ。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091030-00000613-san-ent

昔の落語家って感じの人でしたね。
ご冥福をお祈りします


posted by hoss at 04:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能

2009年10月21日

女優の南田洋子さんが死去 「太陽の季節」おしどり夫婦

 
くも膜下出血で東京都内の病院で入院中だった女優の南田洋子(みなみだ・ようこ、本名・加藤洋子=かとう・ようこ)さんが21日、死去した。76歳。東京都出身。通夜や告別式の日取りは未定。夫は俳優、長門裕之(ながと・ひろゆき、本名・加藤晃夫=かとう・あきお)氏。

 昭和27年、映画「美女と盗賊」でデビュー。翌28年、同期の若尾文子さんと共演した「十代の性典」のヒットで「性典女優」として人気を集めた。

 30年に日活に移籍。31年、石原慎太郎原作の「太陽の季節」のヒロイン役で一躍、看板スターとなる。この映画で初共演した長門さんと、36年に結婚した。

 38年、「サムライの子」でブルーリボン助演女優賞を受賞。映画ではほかに「近松物語」「幕末太陽伝」「わが町」など。

 39年に夫の長門さんとともに「人間プロダクション」を設立して、後進の育成とドラマ制作に乗り出す。テレビドラマにも意欲的に出演し、40年、NHK「紀ノ川」で日本放送作家協会賞最優秀女優賞を受賞。舞台でも活躍した。

 「おしどり夫婦」として知られる長門さんとペアでフジテレビ「ミュージックフェア」の司会を16年間担当。アットホームな雰囲気が人気を集めた。交通遺児奨学金のチャリティー活動も長年続けたほか、平成10年には義父の介護体験をつづった「介護のあのとき」を出版。講演なども行っていたが、平成18年に引退。「認知症の兆候がある」と診断され、自宅で長門さんの献身的な介護を受けていた。20年11月には夫妻に密着したテレビのドキュメンタリー番組が放送され、大きな反響を呼んだ。

 今月17日に自宅で倒れて病院に搬送され、手術を受けていた。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091021-00000583-san-soci


早く良くなってほしいと願っていたのですが残念です。

ご冥福をお祈りいたします。


posted by hoss at 16:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能
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